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チェルシーFC

クラブの概要

1905年に設立された伝統あるクラブだが、70年代後半から財政難やフーリガン等の問題に苦しみ、80年代長らく低迷を味わった。しかし、ケン・ベイツが80年代に僅か1ポンドでクラブを買収して会長に就任して以降は状況が一変する。

1989年に2部で優勝し1部昇格すると、後に選手兼監督を務めることになるオランダ人のルート・フリットが加入したのを皮切りに、ジャンフランコ・ゾラやジャンルカ・ヴィアッリ、マルセル・デサイー等、主にイタリア・セリエAから多くの有名外国人選手を獲得。90年代半ばからリーグ戦やカップ戦で好成績を残し、チームはFAプレミアリーグを代表する強豪の一つとなった。

この時期から国外の大物選手を獲得してチームを強化するというクラブの基本姿勢が確立し、FAプレミアリーグの国際化に先立って「多国籍軍団」と称されるようになった。

だがリーグでは上位に顔を出すものの、2001年以降は補強額に見合った結果が出すことが出来ず無冠のシーズンが続き、次第にその経営方針が祟って多額の負債を抱えるようになる。

こうした事情からクラブは2003年7月、ロシアの大富豪 ロマン・アブラモヴィッチによる買収提案を受諾。これによってチェルシーは財政危機を克服すると同時に世界有数の財力を持つクラブへと変貌し、イギリスのタブロイド紙などからは「チェルスキ」(Chelski)とも揶揄された(-skiはロシア人などのスラヴ系民族の姓によく使われている接尾辞)。同オーナーの持つ巨額の個人資産によって、クラブは以前にも増して移籍市場を席巻するようになった。

2003-04シーズン、イタリア人監督のクラウディオ・ラニエリは既存の選手と新加入選手を融合させ、無冠には終わったものの、プレミアリーグで2位、2003-04シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでもベスト4という好成績を収めた。特にUEFAチャンピオンズリーグの決勝トーナメント準々決勝で、当時プレミアリーグを無敗で優勝するという快挙を成し遂げたアーセナルを破り、クラブ史上初めてベスト4に進出したことは特筆すべき出来事であった。

2005-06シーズンのリーグ連覇そして2004年夏、FCポルトで成功を収めた事で欧州に名を知らしめたポルトガル人監督、ジョゼ・モウリーニョが就任。2004-05シーズンは勝ち点95、得失点差57という驚異的な成績でプレミアリーグを独走。実に1954-55シーズン以来50年ぶりとなるトップリーグでの優勝を果たし、またカーリングカップも制して2冠でクラブ創立100周年を祝った。2004-05シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは2年連続でベスト4に進出したものの、大会の優勝チームとなるリヴァプールの前に破れ、クラブ史上初の決勝進出は成らなかった。

2005-06シーズンは、プレミアリーグ創設後、マンチェスター・ユナイテッドに次いで2クラブ目となるリーグ連覇を達成。ジョゼ・モウリーニョの就任後、ホームスタジアムであるスタンフォード・ブリッジではまさに無敵の状態で、特にこのシーズンはプレミアリーグでは19戦18勝1分けという圧倒的な強さであった。2005-06シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは決勝トーナメントの初戦で2年連続バルセロナと対戦し、この年は敗れベスト16に終わっている。

2006-07シーズンは他国のビッグクラブから大物選手を獲得し、例年以上に開幕前の移籍市場を賑わせた。カーリングカップとFAカップの2冠を達成し、ジョゼ・モウリーニョの就任以来3年連続でタイトルを獲得するが、リーグではマンチェスター・ユナイテッドの後塵を拝して2位に終わり、3連覇を逃す。また2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでも2年前と同様、決勝トーナメント準決勝でリヴァプールに敗れベスト4の壁を越えることは出来なかった。

このシーズンの結果については、高額なサラリーを受け取りながら期待された活躍が出来ずに終わった新加入選手と、その獲得を推進したとされるクラブの経営陣に対する批判的な論調がファンの間では起こっていた。

こうした状況は2007-08シーズンも続き、シーズン序盤の9月20日、就任以来強いカリスマ性を発揮して選手やファンから支持されてきた監督ジョゼ・モウリーニョが辞任する事態に至ると、その衝撃はチーム内外にわたり、動揺を露にする選手の声、経営陣の責任を問うファンの声などが頻繁に聞かれた。

ジョゼ・モウリーニョの後任にはフットボールディレクターであったアヴラム・グラントが昇格。混乱の残るチームを引き継いだグラントはチーム内で燻る不満の沈静化に着手し、コーチとして新たに招聘されたヘンク・テン・カテと共に新体制を始動させた。

選手の求心力を失い、優勝を競う力は残されていないかに思われていたが、新体制の下で徐々に息を吹き返し、リーグでは昨年同様マンチェスター・ユナイテッドに優勝を譲ったものの、最終節までもつれる猛追を見せた。またクラブ史上初となるUEFAチャンピオンズリーグの決勝進出を果たし、ここで再びマンチェスター・ユナイテッドと対戦。

雨の降るモスクワ、ルジニキ・スタジアムで行われた2007-08シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝(2008年5月21日)は、同点のまま延長戦を含む120分で決着が付かずPK戦にもつれ込むが、チェルシーはまたしてもマンチェスター・ユナイテッドの前に敗れ、悲願のチャンピオンズリーグ制覇を目前で逃すこととなった。

この結果、4シーズンぶりに無冠に終わった責任を取る形でアヴラム・グラントは解任され、新シーズンの監督としてポルトガル代表監督であったルイス・フェリペ・スコラーリの就任が発表された。 しかし、2009年2月11日に、成績不振を理由に解任されたスコラーリの代わりにフース・ヒディンク(ロシア代表との兼任)が監督就任した。

参考:wikipedia

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